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悲恋の女性たちに思いをはせて…
平清盛と平家物語 ゆかりのスポットin嵐山

2012年の大河ドラマの主人公、平清盛。その一生は、「平家物語」の中でも中心的に語られています。嵐山には、清盛を巡る女性たちにまつわる場所があるんですよ。

教えてくれたのは…
「リビング特選講座」でもおなじみ
らくたび代表 若村亮さん
立命館大学在学中から京都を専門とする観光事業に取り組む。現在は、「株式会社らくたび」で、京都本の企画・執筆や、旅行企画などを行う



どこからか琴の音が聞こえてきそう

小督塚、琴きき橋跡

小督と書いて「こごう」と読みます。「高倉天皇がひそかに愛した女性の名前です」と若村さん。

高倉天皇の正妻は、清盛の娘・建礼門院徳子。清盛は政治の実権を握るため、娘を天皇に嫁がせていたのです。

清盛の怒りに触れるのを恐れ、小督は高倉天皇のもとを離れ、嵯峨野に身を隠します。しかし彼女は、高倉天皇に仕える源仲国に見つけ出され、都に戻ることに。

「小督が隠れ住んでいたとされる辺りに、彼女をまつる五輪の塔『小督塚』があります。小督は琴の名手だったので、源仲国は琴の音を頼りに彼女を探したと言われています」

その話にちなみ「琴きき橋」と名づけられた橋が、かつては渡月橋付近にあったとか。今は石碑だけが残っています。

「琴の音を聞かれ、都へ連れ戻された小督は、高倉天皇との間に子どもを身ごもります。結局小督は清盛によって、清閑寺(東山区)に出家させられることに」と若村さん。それでも小督を愛し続けた高倉天皇は、「自分を清閑寺に葬ってほしい」と遺言したとか。そうなると、正妻の徳子が気の毒な気も…。「清盛によって政略結婚させられた徳子もまた、清盛に翻弄された一人と言えますね」


桂川沿いの通りから少し入ったところに立つ小督塚。近くには、小督にまつわる物語について説明された立て札もあります




悲しみの果てに見つけた、悟りの場所

祇王寺

権勢を極めていた清盛からとりわけ愛されていたのが、白拍子(男装して歌い踊る舞女)の祇王。

「彼女は、母親の刀自(とじ)、妹の祇女(ぎじょ)とともに清盛の屋敷に住まわせてもらっていましたが、ある日、仏御前(ほとけごぜん)という若く美しい白拍子が『自分の舞を見てほしい』と、清盛を訪ねてきます」

仏御前を追い返そうとする清盛をなだめ、チャンスを与えたのは祇王でしたが、その結果、清盛は、仏御前に心変わり!

「一夜にして愛を失った祇王は、母、妹と都から離れた山里に移り、出家します」。それが現在の祇王寺というわけ。

「しかし、その後、仏御前も、祇王を追って、出家します。自分への愛もいずれ失われると知っていたのですね」

「こけむした庭が美しい祇王寺ですが、私のおすすめは、紅葉が散り敷く晩秋か、訪問者が比較的少ない冬。ひっそりとした雰囲気の中、悲恋に思いをはせてみて」と若村さん


写真提供/小川康貴


右京区嵯峨鳥居本小坂32 TEL:075(861)3574 
拝観料:中学生以上300円、小学生100円 拝観時間:午前9時~午後4時30分
三脚などを使った撮影禁止

「本尊である大日如来を真ん中に、祇王、祇女、刀自、仏御前の木像が安置されています。清盛の像もあるのですが、女性たちの像よりも目立たない、柱の陰に置かれているんです。4人の女性を苦しめた罰なんでしょうか…?」と若村さん。お寺に確認してみたところ、明治時代からずっとこのように配置されていたのだそうですが、その理由は不明だとか。


 写真提供/祇王寺


向かって左の石塔が祇王、祇女、刀自の墓、右は清盛の供養塔です(写真提供/小川康貴)

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