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アノ人ゆかりの地元の寺

今年、生まれてン百ン十年!そんな地元ゆかりの人たちを、関わりの深い寺院とともに紹介。歴史に思いをはせ、ゆっくり散策してみませんか。 ※取材協力 京都市歴史資料館・伊東宗裕さん

生誕460年/角倉了以

二尊院の了以像。手に持つツルハシは、自ら工事にあたったことを示しています

2体の像が、その功績を伝えます

1554年(天文23年)、嵯峨で生まれた角倉了以(すみのくらりょうい)。朱印船貿易を行った豪商として知られています。

大堰川を切り開く工事に力を入れた了以。岩だらけだった川も船が通れるようになり、多くの商人たちが往来して町は活気づいたそう。

彼が工事の犠牲者を弔うために建立したのが「大悲閣千光寺」です。活気のある嵐山から離れ、大堰川の西側の道へ。なかなかの険しい山道を上った先に、同寺があります。本堂から見下ろす京都市街の景色は上った人へのご褒美のよう。また、こちらには了以像も。目をギョロリとむいた迫力ある姿を見せています。

山から下り、渡月橋を渡って少し北へ行くと、了以が眠る「二尊院」にたどり着きます。角倉家代々の墓があり、ここにも了以像が。小倉山を背に立つ同院で、了以をしのぶことができます。

大悲閣千光寺
〈住所・アクセス〉西京区嵐山中尾下町62
 (阪急・京福「嵐山」駅からともに徒歩30分)
〈拝観時間〉午前10時~午後5時
〈拝観料〉大人400円、中学生200円、小学生以下無料
〈問い合わせ〉TEL:075(861)2913
※了以像を見る際は寺の人に声掛けを

千光寺から眺めた京都市街。街の向こうには衣笠山が見えます

二尊院
〈住所・アクセス〉右京区嵯峨二尊院門前長神町27
 (京都バス「嵯峨小学校」停から徒歩5分)
〈拝観時間〉午前9時~午後4時30分
〈拝観料〉大人500円、小学生以下無料
〈問い合わせ〉TEL:075(861)0687

了以夫婦(左2つ)と、息子の素庵とその妻の墓が並んでいます

生誕620年/一休宗純 “トンチの一休さん”のルーツがここに

小ぶりな総門を抜けると、目の前に緑が広がります

〝竹の寺〟といわれるように、境内には高々と伸びた竹林が

「このはし渡るべからず」。これに対して、得意のとんちで返した一休さん。そのモデルとされるのが室町時代の僧侶、一休宗純です。1394年(応永元年)に、後小松天皇の子としてひそかに生まれた、という説が有力とされています。

幼少期を過ごしたのが西京区の「地蔵院」。〝竹の寺〟と称されるように、境内には青々とした竹林が広がります。

一休が生まれたのは南北朝の争乱期。北朝の天皇であった後小松天皇に対し、一休の母は南朝の藤原氏の出とのこと。身の危険を守るため、都から離れた草深い土地にある地蔵院で育ったといわれています。この地でもトンチを披露していたのかもしれませんね。

一休がいたころは大きな寺だった同院ですが、今は落ち着いたたたずまいを見せています。涼みたくなったら方丈へ。コケが美しい庭園を座って眺めていると、暑さも和らぎそう。

地蔵院
〈住所・アクセス〉西京区山田北ノ町23(阪急「上桂」駅から徒歩12分)
〈拝観時間〉午前9時~午後4時30分(最終入山午後4時15分)
〈拝観料〉大人600円、小学生~高校生300円
〈問い合わせ〉TEL:075(381)3417
生誕1240年/弘法大師空海

修行時代の大師の像

最澄も訪ねた長岡京の古寺

住宅地を歩いていくと、鮮やかに塗られた朱色の門が目の前に。1380年の歴史を持つ「乙訓寺」です。同寺の責任者を務めたのが弘法大師空海。真言宗の開祖であり、774年(宝亀5年)に生まれました。「弘法さん」や「お大師さん」の呼び名で親しまれていますね。「弘法も筆のあやまり」ということわざがあるように、書の名人としても知られています。

空海のライバルともいえるのが、天台宗を開いた最澄。2人が出会ったのが乙訓寺でした。唐で空海が学んだ密教を学びに、最澄が訪ねてきたのだといいます。密教について熱く語り合ったのでしょうか。

また、空海が境内に実ったミカンを漢詩と一緒に天皇に献上した、という話も。今も境内には、その子孫にあたるミカンの木があります。空海の足跡を見つけに訪れてみては。

乙訓寺
〈住所・アクセス〉長岡京市今里3丁目14-7
 (阪急バス「薬師堂」停から徒歩5分)
〈拝観時間〉午前8時~午後5時(最終入山午後4時30分)
〈拝観料〉500円
〈問い合わせ〉TEL:075(951)5759

鮮やかに塗られた総門

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